Locura y Cordura
MIQUITA.Fさんのサンフェルミンのお祭りに関する投稿を読んで、考えたことです:
かの有名なサンフェルミンの牛追いのお祭りの真最中のようです。
牛の周りにいる人々(全員男性!)の表情を見てください(SanFermínでネットで検索すると簡単に出てきます)。皆さん、アドレナリン全開で牛に挑んでいる状況なわけですが、この人たちも昨日まで、あるいはつい先ほどまで、ごく普通の社会人、家庭人として振舞っていたはずなのです。決して、クーデターに参加していたとかではないのです。
「狂気と正気/Locura y Cordura」という、語呂合わせも良いので良く使われる表現がありますが、こんなところにその一端を見る思いがします。
その狂気が原因で、今年は牛の角で負傷した27歳の若い男性がなくなりました。死者がでたのは1995年以来とのことです。
死人が繰り返し出ているのに止めない。止めない理由の根底には、人間の自己破壊を含めた破壊衝動やそこから派生する暴徒に加わりたいという衝動にたいする理解と容認があるのだと思います。こうした衝動をいたずらに抑えることなく、うまく昇華させる知恵がそこにはあるのでしょう。
どちらにしても、複雑な感情を理解できない牛にとっては迷惑以外の何ものでもないことだけは明らかです。
(上記、Locura y Cordura という対語表現は、ただゴロが良いからセットで良くでてくるだけなのか、あるいは、哲学者のオルテガさんとか文学者のアソリンさんとかが、論文中で考察したテーマだったのか、もし、お分かりの方がいらしたら教えてください)。