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☆       e-yaku ニュース Año IV  No.29 (03月号) 2003/03/31        ☆
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今号の目次
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      ◆ ホームページ情報        (総アクセス数5万件突破)
    ◇ 本塾講師TBSラジオに出演
     ◆ 本塾のニュース          (バルセローナで大活躍中の元塾生)
     ◇ 本塾のニュース          (コスタリカ代表チームの通訳に本塾生)
     ◆ イベントのお知らせ      (マヤ文明展)
     ◇ イラク攻撃特別寄稿
     ◆ Monólogo de un pasota (Serie II-14)
                              『スペインの陪審裁判制度』(特別編)
    ◇ 短文翻訳 (2003年03月更新分)
 
★━━━━……‥・・ ・
  『ホームページ情報』
     ・ ・・‥……━━━━★
     今号は、手前味噌ではありますが、本塾のHPのニュースから始めさせて下さい。それといいますのも、去る3月10日の週のアクセス数1,000件突破したのです。実は、すでに前々週の2月24日の週に初めて900を越え、その翌週も900台を維持していましたが、まさか一気にアクセス数が1,000を越えるとは予想もしていませんでした。
     一方、こうした大幅な週間アクセス数の伸びに伴い、総アクセス数もグングン伸び、3月16日にあっさりと5万件突破してしまいました。4万件を越えましたとお伝えしたのが、昨年末の11月31日でしたから、あれから僅か3ヶ月半の間に10,000件のアクセスがあったことになります。これもひとえに皆様の日頃からのご支援の賜とスタッフ一同感謝の念に絶えません。依然として最大人気は『短文翻訳』なのですが、『マヤ暦』を掲載してから大きく伸びていることも事実で、あらためて制作者の尾上氏に感謝申し上げます。
     もっとも、この状況を統計上の冷静な分析を施してみますと、1万件になるには確かに14ヶ月を要しましたが、その後は、2万件に6ヶ月、3万件には5ヶ月、4万件には4ヶ月でしたから、今回の5万件突破には3ヶ月半というのは遅いくらいかも知れません。もっとも、ここまで来るともうかなり飽和状態という観もあり、今後はこれまで通りの右肩上がりでは行かないかも知れません。
 
2003年3月31日更新の更新ページ一覧:
  *『今月の短文翻訳』(2003年3月分)
  *『短文翻訳集』(2003年2月分)
  * Alberto松本氏提供『武蔵』(Préstamos,1a Parte)
  *『Dele要項』(来る5月の試験要項)(注:名称を始め変更多し 要アクセス)
  *『スペイン語文法(番外編)』(その9)
  *『馬耳東風(第二編)』(その9)
                                         http://www.e-yakushiyo.net
                                                      (イー訳しよ〜ネッと)
 
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┗■ 本塾講師TBSラジオに出演 (声だけ)  ┏┓
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     「エ? ラジオだから声だけは当たり前?」それは確かにそうなのですが、ラジオ局での出演ではなく、電話インタビューだったものですから...。
     去る3月17日、TBSラジオのディレクターから、「『荒川 強啓デイキャッチ!』(毎週月〜金午後15:30〜17:30の生放送のニュース情報番組)で、毎日その日の話題の人物をクローズアップする『デイキャッチ・ピープル』(午後15:40頃から7分間)に、本塾碇講師出演してもらいたい」という依頼が突然入りました。???碇講師が『話題の人物』???そんなわけはないだろうと思いきや、そんなわけはありませんでした。そりゃそうでしょう。いくら碇講師が常日頃から「貧乏暇なしを自負」していたとしても、世の中にはもっと上を行く貧乏人もいるでしょうし、その忙しさも、モー娘の比でもなく、話題の人物になるわけはないのです。何か悪いことをしない限り。
     ところで、その『話題の人物』というのは、他でもありません。スペインのアスナール首相でした。確かに、イラク攻撃に対し最初からブッシュ支持を打ち出していたスペインでしたが、『ブッシュ・ブレア・アスナール3者会談』で急にクローズアップされていたのですから。にもかかわらず、他の様々なこと同様、日本ではスペインについては無知そのもので、アスナール首相もいったいどんな人物なのかは90%以上の日本人が知らないでしょうから。
     読者諸氏のようにスペイン語に拘わっておいでの方でも、そのアスナールの『スペインが何故?アメリカ支持?』、『何であんなにイラク攻撃を支持するの?』ということについては不思議に思っておられたことでしょうから、『世論を代表するマスコミ』が不思議に思わないわけはありません。そこで、このことについて現代スペインの研究を続けている碇講師に声がかかったというわけのようです。 
    さてそこで、本塾の碇講師がTBSラジオで何を語ったのかについてですが、本人は、「実際には15分以上は話し、パーソナリティーの荒川 強啓氏とのやりとりもあったのに、やりとりの部分は全てカットで、言ったことが全てオンエアーされていない」と文句を言っており、それならと、今回、特別に寄稿記事として以下に掲載することに致しましたので、内容はそちらをお読み下さい。尚、『スペインの慣用句』を楽しみにしておられた読者には大変申し訳ないのですが、こうした突発的な出来事で、今号はお休みさせていただきますがどうぞご了承下さい。攻めるならブッシュ米大統領を責めて下さい。
 
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┗■ 本塾の
ニュース \(^_^=^_^)/      ■┛   ■
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☆ バルセロナで大活躍中の元塾生!!\_(^◇^)_/
     ここしばらく続けて本塾の塾生の活躍ぶりをご紹介しておりますが、今回は、ご主人のお仕事の関係でバルセロナにもどられた『浅倉 協子さん』をご紹介しましょう。 
    「7年降りのバルセロナで、また新参者?からのスタートだったものの、幸い、前からの知り合いのお陰で、日本の雑誌『料理王国のスペイン特集』だとか、『芸術新潮のピカソ特集』等の他、ドイツの版元teNeues社のために『Tokyo Houses』という小さい本をつくりました」というように、大活躍の様子です。
    本はいわゆる写真集のようなもので、テキストは短いものの、英語、スペイン語、ドイツ語、フランス語の4か国語表記になっており、東京の様々な家(建築家の作品から、しもたや、お茶室まで)や、多様な暮らし降りを紹介されているそうです。日本なら、東京の紀伊国屋とか青山ブックセンターなどでも発売中だそうで、その他の国でも、例えば、ポンピドーセンターとかNYMomaなどでも絶賛発売中だということです。無論、アマゾン.comのようにインターネットでも入手可能です。
 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/3823855735/ref%3Dsr%5Faps%5Feb%5F/250-5109192-2206628

    さらに、ドイツの版元も大いにこの『Tokyo Houses』を気に入り、今はそのアジア版で、その続編にあたる『Asian Interior Design』というのをつくっておられます。その作業の中で、アジアの建築家やデザイナーにももの凄い人がいることにあらためて痛感されているようです。また、その他、アメリカの大手出版社のために、もっと大きいフォーマットの住宅作品集も同時に進行していて、最近は実に多忙な毎日をお過ごしのようです。
☆ 『キリン・チャレンジ・カップ2003』の通訳!!\(^◇^)OK!
 
    来る4月1日(火)、愛知県の豊田スタジアムで19:20にキックオフされる『U-22コスタリカ代表 VS U-22日本代表』の試合が行われますが、このコスタリカ・チームの通訳に、またしても、本塾生の『古畑 美和子さん』が選ばれました。彼女は、先のワールドカップでも、これも本塾生である長岡さんと共に、コスタリカ代表のリエゾンを立派に果たした経験を持っていますので安心です。
     U−22ということは、つまり、22歳以下の通称「オリンピカ・チーム」で、2004年のアテネ・オリンピックに出場するメンバーを想定したチーム構成になっているチームですが、キリン・チャレンジカップというだけあって親善試合です。したがって、90分マッチで、延長も勝者を決めるPKもないそうです。因みに、勝者にはキリンからトロフィーと1年分ぐらいの飲料が贈られるそうなのですが、コスタリカ・チームが勝った場合は、彼女にも1年分ぐらいの飲料が贈られるのでしょうか?いまから気になるところです。
    彼女の仕事の内容は、W杯とまったく同じで、チームが日本の地を踏んで(3/29名古屋空港への出迎えが業務の開始)から、離日するまでの間、四六時中一緒に行動(通訳)することだそうです。ただ、今回のU−22コスタリカ代表を率いる監督やコーチ陣は、すべてW杯の時のナショナル・チームのときの『cuerpo técnico』とまったく同じなので、気心が知れているので、W杯の時のような緊張感は感じていないとのことです。尚、当日はテレビ朝日系列にて全国生中継(BS朝日)されるそうですので、読者諸氏も大いに応援の方宜しく。「エ?誰を応援する?」「日本代表」?「コスタリカ代表」?いえ、当然、本塾としては古畑さんの後方支援に決まっているではありませんか。
 
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イベントのお知らせコーナー    ☆ ☆ ☆ ----†◎
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☆ マヤ文明展!!
         今回は、3月18日に始まった『マヤ文明展』についてご紹介いたしましょう。約2ヶ月にわたり上野公園科学博物館で開催されますので、まだまだゆっくり時間がありますし、これからいい季候になってきますので、お花見気分ででも一度足を運ばれてはいかがでしょうか。
         展示会自体はメジャーな展示会ですので、様々なところで情報が入手可能でしょうから、ここでは、いま、この『マヤ文明展』が様々な形で盛り上がっていますので、この点についてご紹介したいと思います。
        ☆ 『芸術新潮』3月号での特集。
                現地で発掘に従事している日本人考古学者中村誠一氏がマヤ文明の概略を紹介。
        ☆ 『Michael Coeの翻訳本』
                Michael Coeは、マヤ文明に関する一般読者向け多くの著書を出している研究家ですが、その彼の著書が、この度一挙に3冊も翻訳されて出版されています。日本語題名は分かりませんので、原書題を以下にご紹介いたします。
                (1) Breaking the Maya Code
                (2) Reading the Maya Glyphs
                (3) The Maya, 6th edition
        ☆ ヴァーチャル・リアリティー・シアター
                これは、 国立科学博物館で公開されている「神秘の王朝―マヤ文明展」で、
 ヴァーチャル・リアリティを使ってマヤ遺跡内を観て回れるというシステムの紹介なのですが、詳しいことは以下のページにアクセスしてみて下さい。
                 http://www.zdnet.co.jp/news/0303/17/nj00_maya.html
 ☆ 『メキシコ映画祭』開催!!(●^o^●)
        メキシコ大使館主催で最近の劇映画5本と短編5本が上映されます。各作品の上映前には各作品の解説がされるそうです。さらに、全作品英語字幕付き(これは我々には少々迷惑なかな?)です。各回入れ替え制です。
日時:4月16/17日 16:20、19:00
              18日 13:10、16:00、18:30
              19日 13:10、15:10、17:40
場所:アテネ・フランセ文化センター
上映作品名と日程
       4月16日    16:20 パチート・レックス+(短編)悪癖
                     19:00 月の顔 + (短編)準備できた食卓
       4月17日    16:20 夜の肉体に書かれたもの +ロヘリオ
                     19:00 スミレの香水 +(短編)君は借りを作ったよ
       4月18日    13:10 傷心 +(短編)友情の価値
                     16:00 スミレの香水 +(短編)君は借りを作ったよ
                     18:30 夜の肉体に書かれたもの +ロヘリオ
       4月19日    13:10 月の顔 + (短編)準備できた食卓
                     15:10 パチート・レックス+(短編)悪癖
                     17:40 傷心 +(短編)友情の価値
(情報提供:マヤ暦制作者の尾上氏)
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   イ ラ ク 攻 撃 特 別 寄 稿  (本塾講師:碇 順治)
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     遂にイラク攻撃が始まってしまった。こうと一言ったら頑として聞かないと言うのは、まるでお向かいの5才の子供と同じで、実に困ったものである。しかし、いまとなっては『GUERRA NO』などと言っている場合ではなく、撤退・終結、あるいは、ブッシュ米大統領(以下、ブッシュ)をはじめとするネオコンサバティブ(2003年流行語大賞の候補になるか?)の勝利というのはどうも気にくわないものの、いずれにせよ、一日も早い事態の収拾・終結を望むしかない。ともあれ、今回の騒動は私のようなものにも火の粉が降りかかってしまった。
     アスナール首相(以下、アスナール)の真意・心中を分析する前に、また、「何故?スペインがイラク攻撃支持なのか?」の前に、だいたいにおいて、日本国中の90%以上がこれまでアスナールの名前さえも聞いたことがなかったはずだし、ちょっと知ったか振りをしてみたところで、「スペインは貧しい国だろうから、アメリカに媚びを売って経済援助でも望んでいるのだろう」などとうそぶくくらいが関の山で、現状の正確な把握ができていないのが実状だろう。それだけ日西の関係が薄いのである。したがって、TBSから依頼を受けたときには、さてどのあたりから解説すれば良いのか大いに迷った。しかし、実際に与えられた時間は僅か7分しかなかったことから、現状を語るにとどめることにした。また、当日は録音だったことで、実際にオンエアーされたのは以下の半分位であることも併せてお断りしておこう。
 アスナール政権はかなり早い内から米支持の政策を打ち出していたことは、『e-yakuニュース』の読者の方々もご承知の通りだ。しかし、当初は、日本はもとよりアメリカのニュースでさえも、「米・英その他」との報道しかせず、まさか『米・英・西』の3国会談が行われるとは予想もしなかった。そんなわけで、攻撃が始まる前のブッシュの記者会見のバックには、スペインの国旗がすぐ後ろに置かれ、ブッシュにとっての最重要国の扱いがなされていた。
     番組側の興味はいくつかあった(この場を借りて報告しておくと、彼らは事前に大変しっかりと情報を集めていた。もっとも、そのほとんどがSpain-Japan.comに掲載されている私のスペイン現代史などのレポートだったが)。その彼らの疑問の一つに、「いつからスペインは親米派なのか?」があった。疑問はもっともだが、これはハッキリ言って的はずれな考え方だろう。確かにアスナールは保守派でもありまたタカ派でもあるが、彼もスペインも親米ではない。フランコ時代に米軍に基地を貸与し、その見返りに経済援助を受け、スペインは大いにその発展の基盤を作った。しかし、スペインはけっしてそれに対する恩を感じていないばかりか、敗戦国でもないのに基地があることを恥と感じると共に、反米意識は非常に強く、教育制度改革で英語を重視し始めたのはつい最近のことである。
     では、その頃から親米になったのか?否である。しかし、湾岸戦争の折りにもスペインの基地から米軍の戦闘機などが離着陸していたのは何故なのか?それはあくまでも二国間協定の枠を出るものではなく、反米でないことと親米であること(あるいは、どこかの国のように従属国であることを自負する)の間には大きな差があるので決して混同してはならない。
     もう一つの可能性として、アスナールは英国のブレア首相と家族ぐるみで大変な親密な友好関係を保っているからなのか?これも否である。結論から言えば、今回の対イラク攻撃に関するアスナールの決断は、対テロ以外にはない。国民党は「テロ撲滅のために、テロに肩入れし、イラクが保有する大量破壊兵器がテロリストの手に渡る前にイラクをたたく必要がある」と公表してはいるものの、アスナールの真意は実際にはそれだけではない(但し、これは、また、以下に述べることは公にはされていないことも多く、私の推測の域を超えるものではないことを事前にお断りしておく)。
     米国同時多発テロ以降のアスナール政権の行動には実に素早いものがあった。まずアスナール政権がとった策は、9・11の僅か1ヶ月後に、EU 理事会に対し、ETA支援グループをEUのブラックリストに盛り込むよう働きかけることであり、EUはこれを2001年12月28日に受け入れた。一方、常にETAがテロ行為の後に逃げ込むフランスと協議し、捜査・逮捕・引き渡し・情報交換に関する二国間条約を2001年末までに締結した。
     実は、スペインがEUのブラックリストに最も加えたかったのは、バタスーナであったが、EU 理事会はこれを拒んだ。何故なら、バタスーナはETAの政治部門ではあったが、正規の政治政党であるからで、無論、アスナール政権は、提出したリストの中にこのバタスーナを入れたとは発表していない。しかし、その後、これが思惑通りに運ばなかったことを受け、アスナール政権は、このバタスーナの解体を、野党のPSOEの協力を得て、2002年の夏に政治政党法を改正することで可能にし、バタスーナに刑法を適用する形で非合法組織にしてしまったのである。
     確かに、アスナールは以前にETAの標的になったこともあり、九死に一生を得たテロの被害者としての実体験があるものの、けっして個人レベルの「復讐」とは何ら関係ないと考える(ラジオ側はこの辺りを強調したかったようだが、そこにもスペインに対する認識の不足が理由としてあるのは明白であったので、相手を傷つけないためにも、私としてはお茶を濁す程度の返答をした)。結論としては、スペインがイラク攻撃に積極的であったのは、スペインの国内問題の解消が大きな要因であろう。国内世論は反戦ムード一色であり、また、秋にはカタルーニャ自治州選挙や、来年には総選挙も控えている大切な時期でもある。一方、与党国民党でさえ今回の米支持の影響でアスナール支持は5ポイント下がったと発表しているくらいで、こうした事態が十分に考えられたにもかかわらず、このような政策をとったその真意(公の理由の裏にある意図)は、国内で長年の懸案となっているテログループETAを撲滅することであり、そのためには、国際的支持を取り付け、ETA問題を国際問題化することによって一挙に解消させることができるとすれば、今回の"暴挙"とも思えるアスナールの政策も、逆に、彼の、ひいては、国民党の大いなる勝利となることに違いないのである。
     つまり、これまで誰もやり遂げられなかったすごいゴールを一点入れることができるわけだ。但し、そのためには、イラク攻撃が、ブッシュの目論み通り短期で決戦が付けば...の話であり、アスナールは、彼個人の政治生命も、また、国民党の与党としての地位をもなげうつような大きな賭に出たことになる。もっとも、外交の上手いスペインのことだから、対イラク攻撃の結果如何にかかわらず、米国との対テロ対策を継続できるような「裏取引」はできているのだろう。とはいうものの、もしブッシュが失敗すれば、あるいは、攻撃が長引けば、もう何年か前からくすぶっていた米国経済の未曾有の危機が表面化するのは目に見えているわけで、対テロ政策どころではなくなるのかも知れない。
     イラク攻撃(あくまでも一方的な武力の行使だと考えることから私は戦争とは呼びたくない。イラクも応戦はするだとうが、今回の騒動は単なるイラク攻撃で、スペイン語では、イラク戦争とは表現せず、『Guerra en Iraq』、つまり、『イラクという国の中での戦い』との認識です)が開始され、更に新たな謎が浮かび上がってきたことを、蛇足ながらお知らせしておきたい。その謎とは、他でもない、ブッシュに3ヶ国会談まで開かせておいて、『どのような弁解をして戦闘に参加せずにすんだのだろうか?』である。
     歴史に詳しい方なら、きっと、1940年10月23日のヒトラーとフランコのエンダヤ会談を思い出されたことだろう。確かに、アスナールの態度は、ヒトラーの参戦要求に対し、言葉巧みに拒否したフランコのイメージとダブってくることは否めない。アスナールは、国民に対しても言葉巧みに「スペインは『人道支援』での出兵のみ」であることを訴えているが、はたして本当にそうなのだろうか?それだけで彼が望むスペイン国内のテロを国際化できるのだろうか?イラク攻撃が終結しなければ答えが出ないことではあるが、もし、早期決着が付き、さらに、ETAのテロを国際化させることができれば、次期首相候補が誰であれ、2004年以降もPP政権が維持されることはハッキリするのだが。
     最後に、これを書き始めてからイラク攻撃が始まり、新局面に入ったことから、ラジオのインタビューとは関係のないことも含めた執筆になったことをお断りしておく。(文責:碇 順治)
 
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 Monólogo de un pasota===Serie II-14==馬耳東風第二編の十四
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『スペインの陪審裁判制度』 (特別編)
   前号から始まりましたこの『スペインの陪審裁判制度』ですが、この制度は現在の日本にはない制度だということは前号でも若干触れましたが、スペインでの制度について情報をもらっても理解しにくいと言う方もおいでだと思います。日本では現在、制度制定、正確には、この制度の復活を目指して準備中であるということもあり、スペインの陪審裁判制度の勉強をする前に、まずは日本の制度について知識を身につける必要がある、つまり、本塾の理念でもある『背景』を学んでいただきたいと考えました。
     そこで、現在法学の勉強に集中するために休塾されている『須田 孝恵さん』に無理をお願いし、その辺りのレポートを寄稿していただくことにしました。彼女は、社会人でもあるのですが、本塾の『お隣さん』でもある法政大学の法学部4年生でもある、実に勉学意欲旺盛な塾生で、本塾としてもその将来を大いに期待している逸材です。将来は弁護士、検事、裁判官、いずれにしても、非常に高いスペイン語の能力(翻訳プロクラスに所属)を併せ持つジュリストが誕生するのも間近で、大いに楽しみです。 
    尚、日本の陪審制度の経緯を詳細に、そして実にしっかりとした文章で記述して下さいましたので、ほとんどまったく手を加えずに紹介させて頂きます。以下、須田さんのレポートです。
     昨今日本でも「司法改革」論議の一環として国民の司法への参加や裁判員制度の導入などが取り沙汰されている。しかし、かつて我が国でも一時期ではあるが、陪審制度が施行されていたという事実は一部の人を除いてあまり知られていないかもしれない。今回、『e-yakuニュース』の方から依頼され、ちょうど良い機会だと思い、この日本の“幻”の陪審制度を振り返ろうと私なりに調べてみた。
     日本で初の陪審法は1923年(大正12年)に制定され、5年の準備期間を経て、1928(昭和3年)に施行、1943年(昭和18年)に「陪審法ノ停止二関スル法律」によって「停止」(よって、現在でも廃止されてはいない!)されるまで、15年にわたり実施された。この間の陪審裁判件数は484件で、そのうち81件(17%)が無罪となった。
     この法律(陪審法)は自由民権運動が盛んだったいわゆる「大正デモクラシー」の時代、当時の最有力政党立憲政友会のリーダーであった原敬が中心となり、立憲政治確立と権利擁護の気風を背景に制定が企図されたものであった。原は明治42年の日糖事件といわれた政治疑獄における検察側の捜査・取調べの苛烈さと翌年の幸徳秋水ら一連の社会主義者、無政府主義者が天皇暗殺計画につらなった容疑で逮捕、起訴された「大逆事件」の証人調なしの事実認定などを知って、陪審制の必要と推進を強く決意したといわれる。
     その後、1918年(大正7年)に原敬内閣が誕生すると、陪審制度に関する本格的な立法作業が開始されたが、裁判官の資格を持たない者が裁判に関与することは大日本帝国憲法57条にいう「天皇の裁判所」(司法権ハ天皇ノ名二於テ・・・)や「裁判官による裁判」などの規定に反して憲法違反であるという反対論にあい、立法は困難をきわめた。結局、法案作成に奔走した当の原敬は陪審法の成立をみることなく、大正11年に暗殺されてしまうのだが、その後様々な紆余曲折をへて、当初の法案にかなり大幅な修正が加えられた先の陪審法がついに大正12年に誕生することになる。
     その陪審法によると、陪審裁判には法廷陪審と請求陪審の2種類があって、一定の事件について当然に陪審の裁判になる法定陪審は「死刑、無期懲役・禁固にかかる事件」であったが、この場合も被告人は陪審裁判を辞退することができた。一方、被告人の請求によって陪審裁判となる請求陪審においてはいつの段階でも取り下げが出来た。その上、陪審にかかり有罪になると控訴が出来なくなることや、請求陪審の場合で有罪になると陪審費用の全部または一部が被告の負担とされたことなどもあって、陪審を辞退する被告人も多く、実際に実施された陪審の件数はかなり少ないものとなった。
     陪審員資格については、引き続き二年以上同一市町村に居住し、かつ直接国税三円以上を納め、読み書きのできる30歳以上の男子に限られていた。陪審員の数は12名とされ、答申は有罪の場合でも過半数でよく(通常陪審制では全員一致が原則)、陪審がいったん評決をくだしても、裁判所がその答申は不当だと認めるときは、再度、陪審を招集してもう一度やり直しができる「陪審の更新」という制度があり、その答申に裁判官を拘束する力がなかったことが陪審法の価値を決定的に低下させたと評されている。そのほかにも、裁判長は陪審に対して、当該事件に関しどんな法律上の論点や問題があるかを説明する「説示」を行っていたが、その説示に対して弁護人は異議を申し立てることが一切許されていなかった。
     このように制度自体が被告人に不利に作られていたことや、素人を信頼・尊敬しない官尊民卑の風潮とあいまって、陪審法実施初期には年間100件を超えた陪審制度も次第に使われなくなり、陪審法は大戦の戦況が悪化する中、昭和18年に施行が「停止」して、現在にいたっている。
     第二次大戦後、新憲法制定過程や裁判所法・刑事訴訟法の制定過程において、陪審制や参審制に関する議論が行われてはきたが、憲法などに明文で規定されるには至らず、政府や司法当局は、わが国の国情や国民性に不適合であるなどの理由で、その採用を拒否してきた。しかし、「陪審法ノ停止ニ関スル法律」の付則で、陪審法は今次の大戦終了後に「再施行スルモノ」としており、現在の裁判所法第3条3項は「この法律の規定は、刑事について、別に法律で陪審の制度を設けることを妨げない」と規定して、陪審制度を予定していることから何からの形による国民の裁判参加はいつでも可能であるようだ。
     旧陪審制を経験した存命中の関係者を対象にした当時の陪審員に対する評価の調査によると、陪審員に対して信頼感はあったとする意見となかったという意見とに2分されるが、その事実認定能力については、「職業裁判官に比べて優れている」、「遜色なし」とする回答が半数近くを占め、中立的な立場から判断できる、法律家とは違った観点から判断できるなどの肯定的意見が多く見られた。しかし、当時の陪審裁判制に対しての評価では、否定的意見が多く、素人判断に対する不安を指摘するものもあるが、おおむね旧陪審制の制度的な欠陥や手続きの面倒さ、費用がかかるなどの点に原因があるようである。陪審制度復活については、条件付を含めて7割近い人が賛成を示し、国民の司法参加の観点から賛成するだけでなく、特に刑事事件においては冤罪などの防止の観点を指摘する人も数多い。事実、わが国の陪審法も前述の制度的欠陥を有しながらも、17%もの無罪判決がでており、その点から見ると、陪審制度は日本においても被告人の基本的人権を擁護し、誤判防止の機能を有していたといえる。
     皆さんのもとに「裁判員候補者通知書」といったような召喚状が突然来る日もそう遠くないかもしれない。人によっては裁判或いは陪審員制度は時間的な拘束もあるので、「面倒くさい」と感じたり、場合によってはある人間の一生や運命まで左右してしまう責任の重さに戸惑いを覚えるかもしれないが、今まで職業的な裁判官、検事、弁護士の独壇場であった裁判の場にごく一般の人の判断・意見が入ることは決して悪いことではないと思う。今後主役である国民を巻き込んで、もっと実施に向けての具体的な議論をしながら過去の陪審制の反省に基づき、より公正で、妥当な、誰もが納得のいく結論を導く裁判の実現に向かってくれればよいと思う。
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    短文翻訳 2003年03月更新分
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01. En ese convento de monjas hacen espontáneamente esponjas.
  あの修道院では修道女たちが時折思いついたかのようにスポンジを作っています。
02. Siendo un país con un sistema, aparentemente, suficiente tanto de seguros médicos como de pensiones de vejez, se reclama una mejora de consolidación para un Estado de Bienestar.
  医療保険も老齢年金も、一見充実して見えるこの国で、福祉国家としてのさらなる確立が叫ばれています。
03. Entre estos aparatos telefónicos hay uno que funciona sin que te cueste nada.
  この中にただでかけられる電話が一つあります。
04. La verdad es que mi hija ha sacado unas notas terribles.
  実のところ、娘の成績はさんざんでした。
05. Mi marido tiene fuera otras mujeres de lo que estoy muy orgullosa.
  私の夫は外にも女の人が何人かいましてね、私、とっても鼻が高いんですの。
06. Me gustaría que fuéramos millonarios.
  僕たち、億万長者だったらよかったのにな。
07. En los años 40, España vivía la época más dura de la posguerra.
  40年代、スペインは内戦後の最も困難な時代にあった。
08. La asociación también tiene responsabilidad porque insistió en eso en esos momentos cuando hubiera sido mejor otro sistema.
  協会にも責任はある。別の制度の方が良かったであろう段階で、別の方法に固執したのだから。
09. El ex-vicepresidente llegó acompañado de su abogado.
  元副社長は弁護士に付き添われてやって来た。
10. Antes los pacientes tenían más de 40 años y ahora el promedio es de entre 19 y 28.
  以前患者さんたちは40歳を超えていたのですが、最近の患者さんの平均年齢は、19歳から28歳になっています。

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